Posts under ‘こんなことがありました’

大地の祝福

去る11月1日、英神父と福島県の仲間たちが飯舘村で祈りを捧げました。

ボランティアの便り

ボランティアリレー第一陣の報告
K.T
6月の初めに、岩手県釜石市にあるカリタス・ジャパンの釜石ベース・キャンプで1週間のボランティア活動をしました。ベース・キャンプは釜石教会に置かれ、クリスチャンもそうでない人も毎日20数名がここに寝泊りし寝食を共にしながら活動をしています。毎日朝晩にミーティングと祈りがあり、夜のミーティングでは一日の振り返りと分かち合いをした後、翌日の活動内容と場所が模造紙に表にして発表されます。分かち合いで聞いた他の人の活動の様子を参考にしながら自分が希望する翌日の活動内容に名前を記入するのですが、週末が近づいてくると集会所のご飯作りの活動を耳にするようになりました。そこは山の中の集会所で近隣の方が地震の時から地域の集会所に集まって生活し避難所となった所だそうで、毎日被災者自らが20数名の食事の支度をしているので、週末くらいは休みたいと要請が来ているそうです。そこにあるもので見繕って献立をたて調理をするというある意味技術を要する活動内容なので週末が近づいてくると今度は誰が行くかというのが話題になるのです。私は普段夫婦2人分の料理を作る位なので、20数名分など検討もつかず家族以外の人に食べてもらう料理をするなどよほど料理の得意な人が応じるのだろうと思って聞いていました。ところが土曜日の夜コーディネーターの方から3人のうち2人は決まったのでと私に声がかかり、なんと私が行くことになりました。土曜日に行った人から被災者の方の希望で明日はそうめんと八宝菜でお肉代2000円を預かり既に買ってきてあると申し送られました。八宝菜と聞いても前回いつ食べたのか味の記憶も定かではありません。こんなので大丈夫かと思いながらも自ら応募した2人が料理に集中できるように私は鍋洗いに徹しようと思いその夜は休みました。当日現場に向かう車の中でも私は言葉数も少なく緊張していました。現場に着くと年配の女性が迎えてくださりこの方が毎日食事を作っているのなら土日くらい休みたいだろうと思い、いざ厨房に入ってみると八宝菜を作る中華鍋はなく中華の調味料もありません。物資置き場に行き八宝菜に使えそうな材料を探すと玉葱が1個しかありません。ないものばかりですが気を取り直してダンボールに入った物資の中身を見てまわり昼のおかずとしてさばの水煮缶と白菜を煮ることにしました。あとの2人はあせる様子もなく落ち着いてそうめんを茹でるお湯を沸かし始めました。さすがと思いつつお湯に蓋をしようとしたら鍋に合う蓋がありません。蓋のある鍋に急いでお湯を移しかえながら2人が平気な様子なのは、20人の食事を時間までに間に合わせることがどういうことかピンときていないからだとわかってきました。2人ともできたら食べる一人暮らしだというのです。それではここは私がやるしかないと腹をくくりました。炒め物は日頃から苦手なのですが中華鍋がないので小さなフライパンで八宝菜の材料を1種類づつ炒めました。出来上がったものは八宝菜とはとてもいえるようなシロモノではなくあんかけの肉野菜いためです。他にほうれん草のごまあえ、大根と馬鈴薯の味噌汁、玉葱の味噌マヨネーズサラダを作りました。年配の方のお口に合ったのか今までのボランティアの中で一番おいしいと労ってくださいました。ベースキャンプに戻る帰りの車内では料理を褒められ3人は上機嫌でした。活動としては日頃食事づくりをされている方に休んでいただくという目的を達成できました。自分の力のなさを噛み締めながら懸命に取り組む中でイエスは私と共にいて用いてくださいました。被災地にボランティアに行って私ができたのはこのようなずっこけた活動でした。
ボランティアリレー第一陣の報告K.T6月の初めに、岩手県釜石市にあるカリタス・ジャパンの釜石ベース・キャンプで1週間のボランティア活動をしました。ベース・キャンプは釜石教会に置かれ、クリスチャンもそうでない人も毎日20数名がここに寝泊りし寝食を共にしながら活動をしています。毎日朝晩にミーティングと祈りがあり、夜のミーティングでは一日の振り返りと分かち合いをした後、翌日の活動内容と場所が模造紙に表にして発表されます。分かち合いで聞いた他の人の活動の様子を参考にしながら自分が希望する翌日の活動内容に名前を記入するのですが、週末が近づいてくると集会所のご飯作りの活動を耳にするようになりました。そこは山の中の集会所で近隣の方が地震の時から地域の集会所に集まって生活し避難所となった所だそうで、毎日被災者自らが20数名の食事の支度をしているので、週末くらいは休みたいと要請が来ているそうです。そこにあるもので見繕って献立をたて調理をするというある意味技術を要する活動内容なので週末が近づいてくると今度は誰が行くかというのが話題になるのです。私は普段夫婦2人分の料理を作る位なので、20数名分など検討もつかず家族以外の人に食べてもらう料理をするなどよほど料理の得意な人が応じるのだろうと思って聞いていました。ところが土曜日の夜コーディネーターの方から3人のうち2人は決まったのでと私に声がかかり、なんと私が行くことになりました。土曜日に行った人から被災者の方の希望で明日はそうめんと八宝菜でお肉代2000円を預かり既に買ってきてあると申し送られました。八宝菜と聞いても前回いつ食べたのか味の記憶も定かではありません。こんなので大丈夫かと思いながらも自ら応募した2人が料理に集中できるように私は鍋洗いに徹しようと思いその夜は休みました。当日現場に向かう車の中でも私は言葉数も少なく緊張していました。現場に着くと年配の女性が迎えてくださりこの方が毎日食事を作っているのなら土日くらい休みたいだろうと思い、いざ厨房に入ってみると八宝菜を作る中華鍋はなく中華の調味料もありません。物資置き場に行き八宝菜に使えそうな材料を探すと玉葱が1個しかありません。ないものばかりですが気を取り直してダンボールに入った物資の中身を見てまわり昼のおかずとしてさばの水煮缶と白菜を煮ることにしました。あとの2人はあせる様子もなく落ち着いてそうめんを茹でるお湯を沸かし始めました。さすがと思いつつお湯に蓋をしようとしたら鍋に合う蓋がありません。蓋のある鍋に急いでお湯を移しかえながら2人が平気な様子なのは、20人の食事を時間までに間に合わせることがどういうことかピンときていないからだとわかってきました。2人ともできたら食べる一人暮らしだというのです。それではここは私がやるしかないと腹をくくりました。炒め物は日頃から苦手なのですが中華鍋がないので小さなフライパンで八宝菜の材料を1種類づつ炒めました。出来上がったものは八宝菜とはとてもいえるようなシロモノではなくあんかけの肉野菜いためです。他にほうれん草のごまあえ、大根と馬鈴薯の味噌汁、玉葱の味噌マヨネーズサラダを作りました。年配の方のお口に合ったのか今までのボランティアの中で一番おいしいと労ってくださいました。ベースキャンプに戻る帰りの車内では料理を褒められ3人は上機嫌でした。活動としては日頃食事づくりをされている方に休んでいただくという目的を達成できました。自分の力のなさを噛み締めながら懸命に取り組む中でイエスは私と共にいて用いてくださいました。被災地にボランティアに行って私ができたのはこのようなずっこけた活動でした。

鎌倉での追善供養復興祈願祭 海の祈願 の様子です

わたしたちの友人の土屋至さんのブログ からご許可をいただいてアップしています。
こちらから>>

東日本大震災追善供養復興祈願祭の写真をアップしました

「修道院の四季」の岸秀雄さん撮影。海での祈願は英神父が活躍しました。>>こちらから
以下、海での祈願文です。
海の祝福
+ すべての創造主である神よ、あなたの創造のみわざに心から感謝し、賛美します。天地創造の初めにあたり、地と水を分けられ、大地と海をともに 祝福してくださいました。この海は多くの生命の源となり、水によって大地を潤し、植物を豊かに実らせ、多くの動物と人間を養ってくださいました。あなたの 憐れみ深い創造のみわざによって、私たちは今まで生かされてきました。今までの数々の恵みに心から感謝し、主を賛美します。
全能の父なる神よ、今日もまた、あなたが造られたこの海を祝福してください。大津波によって、多くのいのちを奪った海が再びこのような大災害を 起こしませんように。主イエス・キリストがかつて嵐の海を鎮められたように、今、主イエスのみ名によって、この海をも鎮めてください。
大津波に飲み込まれてこの世を去った多くの霊魂をあなたの国に迎え入れてください。亡くなられたすべての霊魂が天国で永遠の安らぎを味わうことができますように。
そして、主よ、現在でも原発の事故によって、生命の源である海を汚染し続けている人間の罪をおゆるしください。私たち人間が回心することによっ て、海を含めた大自然を汚すことなく、自然と和解していくことができますように。自然と共生する道を、どうか主よ、私たち人間に示してください。
創造主である神よ、あなたの祝福を今日、新たにしてください。この海、海に住むすべての生き物、海にかかわるすべての人間を祝福し、導いてください。
+全能の神、父と子と聖霊の祝福がこの海の上にありますように。アーメン。

長崎写真展の報告

去る9月23日から10月20日まで、長崎大司教館で「いのちといのりー鎌倉黙想の家」写真展が開催されました。
この家が、イエズス会、横浜教区、日本CLCの協働であることを多くの方に知っていただくために企画されたものです。
こちらから>>

鎌倉の花火をご覧下さい

7月21日は鎌倉の花火大会でした。
さすがに黙想の家からは見えませんが、番外編として「修道院の四季―いのちといのり」からご覧ください。
こちらから→

188殉教福者の記念ミサ@鎌倉黙想の家

鎌倉黙想の家は日本殉教者修道院といいますが、先般列福されたペトロ岐部と187殉教福者を守護の聖人としています。
この黙想の家の記念の日として、188殉教福者の記念日7月1日に一番近い日曜日にお祝いのミサを奉げていますが、今年は7月4日に行われました。
その時の、イエズス会管区長補佐梶山義夫神父様のお説教です。
この黙想の家の目的、それは、神の国はあなた方に近づいた、と告げることです。神の国を、この黙想の家で体験することです。
現在の社会の中で、ふたつの要素が特色と言っていいかもしれません。ひとつは、聖なるものに対する感覚というものが弱くなっている。あるいは、弱くなっているだけではなくて、混乱すらみられる、ということです。もうひとつの点は、平等社会という中で、ひとりひとりを結ぶ絆というものが断ち切られていく、ひとりひとりがなにか、漂っている、そのような状況。
そのような中でこの黙想の家が果たす役割が問われているのは大きいです。ここを訪れる人が、人間に本来備わっている聖なるものに対する感覚、祈る力、といったものを本当に発揮していく。聖イグナチオの霊操、それは魂のエクササイズです。祈る能力は、誰にでもあります。しかし、それがあまりにも発揮されていない、訓練されていない。やはり、正しい方法でしっかりと、その能力というものを高めていく。それが今の社会に対する私たちの責任のひとつでしょう。
もうひとつは、ひとりひとりが漂っている、さまよっている、ばらばらになっている。そのような中で、本当に人と人との絆、心と心のつながり、魂の響きあい、そういったものをここでつちかっていく、そういう交わりの場でもあります。その交わりは、沈黙と対話というかたちで行われるでしょう。ほんとうに心と心の対話をするための沈黙、沈黙を前提とした対話というものがここで行われていけばいいと思います。
このような神の国を証しする、そのための条件はなにかというと、今日の朗読、福音書の朗読、(ルカ10章1-9節)主はご自分が行くつもりのすべての町や村に、二人ずつ、先に遣わされた、「二人ずつ」ということです。ひとりでの証しは意味がありません。
その意味で、この黙想の家は、今のかたちになって、より証しができるようになったと私は考えています。CLCの方々、様々な協力者の人たちと、イエズス会員が一緒に遣わされていく。そこで私たちが神の国の素晴らしさを証ししていくわけです。
私たちが、この黙想の家で携わる。違うものだからこそ、お互いにわかち合いながら、お互いを大切にしながら、この黙想の家を支えていくことによって、ここを利用される様々な方々が、聖なるものへの感覚を養い、本当の交わり、絆を築かれる人に成長していくことでありましょう。

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